ワーマンポンプとは①

スラリーポンプの代名詞=ワーマンポンプ

現在世界中で多くの種類のスラリーポンプが製造され、様々な用途に使用されていますが、遠心式スラリーポンプの代名詞として世界的に最も有名なスラリーポンプはワーマンポンプです。このワーマンポンプの基本的な構造である二重ケーシング方式は、今日では多くのポンプメーカーが採用しておりますが、ワーマンポンプが開発された1930年代においては非常に画期的且つ革新的な発明でした。スラリーポンプ業界に、この二重ケーシング方式を含む様々な変革をもたらしたのが、ワーマンポンプの発明者であるCharles Harold Warman氏(以下、ワーマン氏)です。

ワーマンポンプのワーマンとは?

製品名にも冠されているワーマン氏は、1910年に西オーストラリアのカルグーリーに生まれました。父、祖父とも鉱山で働いており、生まれながら鉱山に関わることを運命付けられているような生い立ちでした。そして彼の生涯の仕事を決定づけたのがWestern Australian School of Mines(西オーストラリア鉱山大学)への奨学生としての入学でした。大学を卒業したワーマン氏は一時期のあいだ州政府の鉄道局で実習生として働きますが、その後オーストラリア最大の金鉱山会社等で設計製図技師として働くうちに、耐摩耗性の高いスラリーポンプの必要性を感じるようになりました。ワーマン氏はその後鉱山向けコンサルタント会社勤務を経て、自身のコンサルタント会社をカルグーリーで立ち上げますが、その間1938年に交換可能なゴムライナー式ポンプの特許を取得しています。これが現在でも多くのスラリーポンプに採用されている二重ケーシング方式の歴史の始まりです。

 

この頃ワーマン氏はコンサルタント業の傍らポンプを含む鉱山機器の供給を行っていましたが、徐々に事業の軸足をポンプ及び鉱山機器へと変えて行き、1958年には拠点もシドニーのアーターモンへと移しました。現在のワーマンポンプの世界的拠点であるWeir Minerals Australia社(以下、WMA社)の所在地とは少し離れた場所だったようですが、時を経ずして現在の場所に本社及び工場が作られました。

ワーマンポンプとラサ商事

ワーマンポンプの日本での製造メーカーである大平洋機工株式会社(当時は日曹製鋼)と当社がワーマン氏とのつながりをはじめて持ったのが1958年です。そして1959年にはワーマンポンプを日本で生産する為のライセンス契約がワーマン氏と日曹製鋼との間で結ばれ、併せて当社との総代理店契約が締結されました。契約当事者の社名こそ一部変わっているものの契約締結から60年近く経た今日でもこの関係が続いています。

日本でのワーマンポンプの歴史

ワーマンポンプは当初日本でも鉱山や製鉄、精錬用途など耐摩耗性が求められる分野での採用から始まりました。1950年代から70年代までの高度経済成長期には、日本各地で石炭をはじめ、金、銀、銅、亜鉛、鉄など様々な資源が採掘されており、そのような過酷な現場でワーマンポンプが大活躍しました。しかしながらその後、石炭から石油へとエネルギー資源の転換が進み、また資源の枯渇、低品位化、採掘コストの上昇などにより経済性が低下し、国内の多くの鉱山が操業を停止した結果、近年では日本国内での鉱山向けワーマンポンプの用途はほとんどなくなりました。

 

一方で、二重ケーシング構造の特徴を生かし、接液部にゴムや金属など各種の耐食性・耐摩耗性材質を組み合わせて使用することで、製鉄・製鋼や各種金属の精錬に加えて、化学及び石油化学、排水処理、発電所、建材、製紙、繊維、窯業、食品、電気、電子機器、半導体、上下水道、産業廃棄物処理等、多岐に亘る分野へとその用途が広がり、全国各地の様々な業種の工場やプラント設備でワーマンポンプは活躍しています。現在日本国内の累計販売台数は135,000台を超えております。

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